第10話   庄内竿の竿かざし   平成25年03月3日
 庄内竿の竿かざしをことがあるだろうか?
 
私の長い釣り人生でも見た事がないのです。それぐらい珍しい事なのでしょうか。酒田地区の黒鯛釣りでは、大型黒鯛の取り込みに使う必要が無かった為にそれが見られなかっただけの話なのである。酒田の黒鯛釣りは、大抵防波堤の上から釣る事が多い。竹竿の三間半(6.3m)から四間(7.2m)と云う長竿で釣っていても、磯の釣岩からの取り込みと違ってと魚の取込みは比較的楽である。それに酒田衆は自分の魚は、自分で取り込みしなければならないと云うような堅苦しい事は一切云わない。
 鶴岡衆の釣では、同じ釣りにも道徳とか取決めおよび不文律等がある。その中に自分で釣った魚は、自分で取り込みをしなければ一匹、一枚とは数えられないと云う物がある。だから独特の竿かざしが生まれた。竹竿の長い竿7.2mともなるとかなりの重さがある。その上庄内釣法の場合、錘を付けない完全フカセ、錘を付けてもほんの少しでしかない。その上、遠くに飛ばす為にバカは一尋から二尋半若しくはそれ以上の場合がある。高い岩場での釣だったら多少対応が出来るが、平らな岩場では一人での取り込みは非常に難しい。
 庄内独特の竿かざしを初めて聞いたのは、水族館の村上館長からであった。その後鶴岡の老舗の釣具屋さんを竿かざしについて色々聞いて廻った。鶴岡の釣師達は四間の竹竿と云う重い竹竿に負けないように、合理的な力の配分で魚を掬い上げていた。以前にはっきりしない昔のセピア色の写真で魚の掬い方を見た事がある。それはまさしく村上館長が身を呈して見せてくれた恰好その物であった。
 先日久しぶりに水族館を訪ねた。水族館の周囲は新水族館を作るための工事中との事でゴチャゴチャシテいたが、何とか車を駐車する事が出来た。竿かざしについて、もう一度質問して見た。すると良いのがあると四年位前に撮ったポジフィルムを持ち出して来た。「確かこの中にある筈だ!」と・・・。しばらくして「有った! 有った!」。果たしてその中に館長が、香頭ヶ浜の海岸でましく竿かざしの体勢で撮った写真が二枚入っていた。
 香頭ヶ浜と云えば由良海水浴場の手前の隠れた海水浴場である。海底に岩がゴツゴツしていて比較的浅い海岸である。普通の釣師であればこんな海岸は、根掛かりがひどいので敬遠する。ところが、館長は「こんなところに意外と大物が潜んでいるんだ!」 と云う。館長は人の行かないこんな海岸を好んで釣る。
 写真を見て分かる通り、左手に玉網を持ち、竿を肩から首にかけて右手で竿を立てるようにして魚を手前に誘導する。このやり方は余程の熟練を要するように思える。低い平場の磯場の取り込みだから、こんな方法でするしかないと思う。こんな方法を考えた昔の人は偉いと思う。思えば侍が作った釣りの道所謂釣道であったから、自分の魚は自分で掬い取るまですべて自分でするのが作法として当たり前なのだ。自分の手に取り上げて初めて一枚、一匹と数えられるし、それで一人前の釣師とされる。今でこそこんな事をするひとはだれもいない。昭和の40年代の頃迄は、庄内釣り師と呼ばれた人達の間にまだこんな習慣が残っていたと云う。